「乳幼児医療費の無償化」考

また、某所からの引用です。
所属組織の公式見解ではありません。


 以前より都道府県が市区町村の乳幼児医療費助成事業について助成を行ってきた。西暦2000年頃ごろより地方自治体の乳幼児医の自治体補助が拡充していった。現在はすべての都道府県及び市区町村で乳幼児医療費の援助が行われ、市区町村の半分以上で所得の条件なく自己負担がない状態となっている。

 乳幼児医療費の無償化は1961年岩手県和賀郡沢内村(現・西和賀町)の村長深沢晟雄が、1歳未満乳児を対象に国民健康保険にかかる医療費の10割給付を実施したのが始まりである。岩手県の寒村であった沢内村は貧困や栄養不足により1957年当時乳児死亡率69.6人/千人(当時全国平均40.0人/千人、現在は全国平均1.1人/千人)にも上っていた。深沢らは、国保でのゼロ歳児医療費を公費負担とし保健師を採用し健康増進に努め、1958年度乳児死亡率はゼロになった。

 このように乳児医療費無償化の当初の目的は、乳幼児の公衆衛生を重視したものであったことが伺える。しかし2000年ごろからの乳幼児医療費無償化は、近隣自治体がやり始めたから始めたという理由で、いわばドミノ倒し的に乳幼児医療無償化が広がっていった。大辻は、想定される政策効果(および実証研究)をPositive Effectsについて1.育児の経済的負担軽減(効果は大)、2.少子化対策(小)、3.子どもの健康保持(小?)を挙げ、Negative Effectsについては、1.医療費の増大による財政圧迫(小?)、2.自治体の助成事業予算増大による財政圧迫(大)、3.「コンビニ受診」助長に伴う小児科医不足(小?)、4.患者負担に関する自治体間格差(両面あり)を挙げている(個人的意見では夜間の「コンビニ受診」により小児科医の疲弊は多大なものである)。現在では、沢内村が目指した公衆衛生の向上というよりも保護者の利便性に効果があり、子育て支援と銘打った居住地誘導の目的があると思われる。

 しかしながら財政力のない地方自治体にとっては乳幼児医療費の負担は重くのしかかっているのは確かである。乳幼児医療助成制度は国の国庫補助や地方交付税措置の対象外であり,被保険者の自己負担分を軽減した場合,国の国庫負担が減額される措置がとられていた。「医療費助成に対し国庫負担⾦の減額という、いわばペナルティを課すことは少化対策に反する」という自治体の強い要望を受け、2018年から未就学児を対象とする助成についてはこの措置は廃止された。逆に言えば、国庫負担減額は財政力の弱い地方自治体にとって、非常に痛手であったのである。

 水痘ワクチンが定期接種化される前、大分県竹田市では水痘ワクチンとおたふくワクチンの助成と啓発を行い、近隣の日田市では同時期に学童期までの医療費控除を拡大した。その結果、竹田市ではVPD(ワクチンで防げる病気)は減っていったが、日田市ではVPDが蔓延し外来受診件数や外来医療費が増えた。さらに日田市は小児科医の負担が重くなり時間外診療の縮小を余儀なくされた。

 つまり、医療費控除の拡充は医療費を押し上げ現場を疲弊させるが必ずしも感染症を減らすことには繋がらず、子どもの予防接種対策を充実させることは感染症の減少と医療費の削減につながり得る。

 そして乳幼児医療費の無償化は必ずしも少子化対策にはつながらないが、「子育て世帯向けの大幅な減税・給付」、そして「保育サービスの拡充」は少子化対策に有効であるデータが出ている。

 兵庫県三田市はすでに全額公費負担から定額であるが自己負担を求めるようになった。一律に全額公費負担ではなく、その分を小児の公衆衛生や保育などに関わる予算に回したほうが、より効率のいい子育て支援や少子化対策が行えると思われる。

大辻香澄, 社会保障と地方自治体(「乳幼児等医療費助成制度」の是非を検討する)
http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/graspp-old/courses/2012/documents/graspp2012-5140040-4.pdf#page=1&zoom=auto,-82,843

是松聖悟, 公的補助による任意予防接種と医療費控除の小児医療, 地域社会への影響, 日本小児科学会雑誌 116(9), 1380-1386, 2012-09-01
https://ci.nii.ac.jp/naid/10031049310

公的補助による任意予防接種と医療費控除
https://www.karugamo-cl.jp/index.php?QBlog-20120920-1

西内啓, 統計学が日本を救う - 少子高齢化、貧困、経済成長
https://www.amazon.co.jp/dp/4121505662/