心の傷をいやすということ

 2011年3月11日の東日本大震災の当日、私がすぐにでも欲しいと思った本は放射線の本ではありませんでした。

 阪神淡路大震災(1995年)に、自らも被災しながらも被災者のケアを行った精神科医のお一人に安克昌先生がいました。まだ35歳でした。安克昌先生はその後「心の傷を癒すということ」という本を上梓されました。当時、私は何度か読み直しました。

 阪神淡路大震災から16年後の東日本大震災直後、私は「心の傷をいやすということ」を求めました。アマゾンでは文庫本(絶版:中古)1059円の値段でしたが、私が購入した直後に10倍以上に跳ね上がりました。阿漕(図々しいの意味)といえば阿漕ですが、それだけ必要とされていた本ということが分かります。

 その後私はとある被災者支援活動に携わりましたが、現場で問題になっていたことは「心の傷を癒やすということ」に全て書いてあったのは驚きました。あたかも安先生が予測していたかのように、です。

 安先生は、被災後にも言及されています。『しかし今、被災地は「ハネムーン期」を終えて、「幻滅期」に入っている。』という言葉は、震災後4年経った私の心に突き刺さります。いささか長く、孫引きもあるのですが、あえて引用しておきます。

 ボランティアやコミュニティという視点に共通しているのは、人と人との横のつながりの大切さである。しかし今、被災地は「ハネムーン期」を終えて、「幻滅期」に入っている。すなわち「被災者の忍耐が限界に達し、援助の遅れや行政の失策への不満が噴出。(……)被災者は自分の生活の再建と個人的な問題の解決に追われるため、地域の連帯や共感が失われる」(ロモ)。この「幻滅期」を越えて、私たちは再建へと向かわねばならない。それはく心の傷>を見て見ないふりをして、我慢して前進することではないだろう。多数派の論理で押しまくり、復興の波に乗れない”被災の当事者”でありつづけている人たちを忘れ去ることではないはずである。
 世界は心的外傷に満ちている。”心の傷を癒すということ”は、精神医学や心理学に任せてすむことではない。それは社会のあり方として、今を生きる私たち全員に問われていることなのである。

 産まれたばかりのお子さんを遺して安先生は2000年に39歳の若さで亡くなりました。夭折したのは当時の激務とは無関係では無いようです。

 2011年5月に「心の傷を癒やすということ」の増補改訂版が出ました。気になった方は、お求めください(アフェリエイトではありません)。

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