薬が無くなる?

最近一部の薬で品薄状態が続いています。

ジェネリック医薬品中心に3100品目が品薄 メーカーの不祥事響く
https://www.asahi.com/articles/ASPDC6DRMPDBUTFK037.html

 この記事を読むと、品薄なのはメーカーの不祥事のせいだと、思ってしまうかもしれませんが、それほど単純ではありません。

 確かに一部の後発品メーカーが倫理的に問題のある行動をしたのは間違いありません。しかし、大本の原因は薬価の引き下げにあるのではないでしょうか?

 後発品は薬価が安いのが魅力ですが、製薬会社にとっては旨味がなくなります。日本では長く使われている薬ほどどんどん薬価が引き下げられてしまうのです。

 もちろん古い薬の中には新しい薬に取って代わる運命にあるのもありますが、長く使われている薬でもいい薬というのはいくつかあります。小児に関する事例を2つ取り上げてみます。

 一つは、麻酔薬のチオペンタール(ラボナール)という薬です。麻酔薬の薬ですが、小児科領域でも痙攣重積の治療には大切な薬です。
 日本で販売開始されたのは1951年と古くからある薬ですが、薬価改定の引き下げが続いた結果、当時の販売元である田辺製薬は不採算を理由にラボナールの製造中止を発表しました。麻酔科学会を中心に製造中止撤回を求める要望書を厚生省(当時)へ提出しています。その結果、薬価は0.5g製剤で352円から1,200円に引き上げられ、現在もラボナールは存続しています(若干薬価は引き下げられています)。これは1997年(平成9年)の出来事です。逆に言えば、24年経つ現在もこの状況は変わりありません。

http://www.neuroanesth.com/ravonal/ravonal.htm

もう一つが抗生剤の状況です。

 一時期古くからあるペニシリン系抗生剤の薬価が下げられた一方で、新薬であるセファロスポリン系の抗生剤の薬価が高かった時代がありました。製薬会社としては旨味のあるセファロスポリン系の抗生剤をプロモートするのは当然です(是非は別として)。かくして耐性菌の出やすいセファロスポリン系の薬が処方されてきた一方で、ペニシリン系の薬の中には発売中止になるものもありました。

 このような状況で問題が生じました。一つは前述のように耐性菌出現の素地となったことです。もう一つはペニシリン系の薬が無くなることで、梅毒やリウマチ熱などのペニシリンが有効な疾患への治療方法が狭められたことです。
 梅毒なんて小児科に関係ないのでは、と思う人がいるかも知れません。しかし、胎児が梅毒にかかると時として先天梅毒といって重毒な疾患にかかることもあります(残念ながら現在もあります)。
 梅毒の治療は日本では内服のペニシリン系抗生剤しか存在せず、高用量を工夫しながら長期に渡って飲み続ける必要があり、治療中断の原因にもなっていました。海外では一回の注射で早期梅毒の治療が終わる注射のペニシリンがあったにも関わらず、です。

 今年になってようやく、持続性ペニシリン製剤が日本でも使用できるようになりました。

持続性ペニシリン製剤「ステルイズ®水性懸濁筋注シリンジ」の製造販売承認を取得
https://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/2021/2021_09_27.html

 話をもとに戻しますが、今後一部の薬が(長期)処方できないという状況が続くことでしょう。一義的には製薬会社の不祥事が原因ということになります。しかし製薬会社を叩けば解決する問題ではありません。薬価引き下げが続き、なおかつ高品質な安全性を担保せよ、というのであれば、製薬メーカーは採算の合わない安すぎる薬を製造中止にするのは当然です。

 薬価引き下げは、個人レベルでは窓口での負担がなくなり医療費削減にもなり喜ばしいことであるかもしれませんが(部分最適)、長期的にみればそのつけは国民に回ってきます(全体最適ではない)。

 医療のあり方について、国民レベルで議論すべき状況にあるのだと思います。

参考
「お前らの薬が届かない」新型コロナ対策ではない、もうひとつの医療危機
https://bunshun.jp/articles/-/49838

追伸
今回のブログで開示すべき利益相反(COI)はありません。